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俺が受験生だった頃の秘話

2013年03月25日
4月から高3になる上すか君やGENEちゃんの為に

俺が受験生だった秘話を語ろうと思う

今、思えば俺の大学受験も波瀾万丈だったぜ

俺は私立高校で大学の付属推薦があったから

浪人生になることは無かったが

有意義な大学生活は送れなかったと思う


まぁ長くなると思うが、出来れば最後まで見てほしい

結局のところ高校生活3年間も絡んでくるんだけどねw

今から3年前、俺が高1だった頃はとにかく遊んでた

まだmpo+やmhp2g、mgspwで盛り上がってた

もちろん、俺もその流行に乗り遊んでた

そんな状況だったから、授業中は昼寝、夜はPSPってのが当たり前だった

黒板の板書も写してなく、ノートも提出しなかっった

まぁ定期考査がどんなだったかは・・・お察しください

半数の科目が赤点でしたよ

このような生活を送り、さらに狂わせたのが

12月にmhp3が発売されたこと

おかげで成績が壊滅しました

担任からも「外部受験は諦めたほうが良い

付属推薦で大学に行くか、専門学校に行くか

それ以外は厳しい」って言われるほどだった

親にも迷惑かけたく無かったし、

父親が明治大学で優秀だった事もあり

親族から過剰な期待を背負われてたから

自分が惨めだったのが目に見えてた

高3は受験勉強で忙しくなる

もう、高2でしか成績は取り返せない

成績を取る為には遊びを控える

けど、ゲームはしたい

俺が出した結論、部活を切り捨てることだった

高1の1月に俺は帰宅部になった

そのおかげもあったのか、赤点を取ることは無くなった

そこからはずっと俺のターン

年に5回ある定期考査のうち、3回クラス1位を取った

コース順位もトップ10には入ってた(確か200人ぐらい)

順位表が掲示される学校だったから、いつしか名前が知られるようになった

で、高校に小さい頃からの幼馴染がいることも分かった

「はんた」や「ばれる」が見たことがある例の画像ですよ

その幼馴染は俺より頭が良く、コースも上位にいた

男が女より馬鹿とか認めたくなかったから、

必死になって勉強したよ

高2だけの最終成績では5段階中、評定平均4.6まで持ち上げた

この頃から周りの奴らに、その幼馴染と付き合ってる疑惑とかで

学年全クラスに広まってしまった

そういう雰囲気になってしまい、高3では成績が落ちた

調査書には5段階中4.2となり惜しくもBランクであったが、

高1の自分に比べたら飛躍的に上がってて満足だった

志望校大学もある程度決まってきた

国公立は茨城大学、新潟大学、山梨大学、山口大学

私立は法政大学、芝浦工業大学、神奈川大学

上の4つの国公立大学は地方というのもあり、

学科によるけど二次試験が英語と数学だけで

俺の嫌いな物理が無いってのが魅力的だった

下の3つの私立大学は法政大学はGMARCHってこともあり、

芝浦工業大学は理系大学で有名、神奈川大学は県内の就職に有利

まぁ上記にある大学には進学しないんですけどねw

高3の夏は受験の夏とも言われますから、

夏休みでもほぼ毎日学校に通ってました

英語を高1の範囲から総復習って感じかな

9月になりクラスの雰囲気も受験モードになりつつあった

この時期に俺は大きく道を変えた

そう公募推薦入試を受験することにした

今、考えればすごい決断だったと思う

なぜなら、AO入試や推薦入試は募集枠が少なく

志望理由書、小論文、面接などと受験勉強の仕方が

大きく異なるからだ

仮に不合格になった場合、そこから一般受験勉強することになり、

周りの奴らより遅れをとってしまうからだ

まぁ夏休みの頃から推薦入試のことは考えてた

地味に皆勤賞、文化祭や高校受験のアシスタント、副委員長など

加点になることをしてたからだ

ともわれ、10月に担任に推薦入試をするって言ったら、

「諦めなさい、決断が遅すぎます」って言われましたよ

もう2ヶ月を切ってて準備することが多いので

さらに付属推薦の面接もあり、毎日がハードスケジュールでしたから

そんな担任だったが、一つだけ勧めてきた大学がある

それは東京海洋大学

主に海に関連する事を学ぶ大学であるが、物流を学べる学科もある

余談であるが幼い頃から鉄道好き

鉄道は人や物を運ぶ物流機関である

即座にその大学を第一志望大学にした

募集枠は2人

過去の合格者人数を見ても

去年は3人受けて、合格者0人

一昨年は6人(2人は女子)受けて、合格者2人(2人は女子)

勉強する前に壁に当たりましたw

女子が志願してきたら、勝ち目が無いと思った

そんなことも気にしながら、志望理由書も書きまくった

多分、100回以上は書き直したと思う

1200字程度だったので

この頃から、毎朝5時起床、7時半には学校

そこから21時まで学校で22時半帰宅

家に帰っても晩飯は食わずに寝てしまうってのが

当たり前だった

小論文に関しては、国語が苦手であったから

本当に苦痛だった

これも100枚以上はやってる

面接は15人ぐらいの先生にお願いした

何を気迷ったのか、校長先生や教頭先生、体育科の先生など

いろんな方に鍛えてもらった

正直、鬱になりそうだった

学校に行くのが嫌だった

けど、学校を休むっていうのが、自分のプライド的に許せなかった

なぜなら、中学高校と欠席、遅刻、早退が0を目指してたから

俺が狂ったのかどうか知らないが、勉強していないと安心できなくなっていた

常に何かテキストやノートを持ってないと不安な気持ちになる

多分、この気持ちが勉強を促進させたと思ってる

去年の11月29日、この日が受験当日

不安っていうより、この生活に耐えた俺がすげぇと思ってたw

いつもの感覚で試験会場に行き、いつもと同じように小論文をやり

いつもと同じように面接をした

試験が終わり、一つの山が終わり楽になった

それから2週間、すっかり推薦入試の存在を忘れてた

なんせ5人受けて、2人しか受からない

さらに前述にある通りですよ

合格当日もいつも通りに学校に行った

その日の午後だったかな

親からメールが届いてた

「あんた、合格してるぞ」って

夢で見てるようで信用できなかった

で、携帯の合格発表を見たんだけど

自分の受験番号を覚えてなかったから意味なかったw

家に帰って受験票を確かめて、ようやく合格してることに気づいた

「しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」って叫んだwww

わざわざ大学の掲示板まで見に行ったよw

午後5時ぐらいだから閑散としてて、人気が無かったけど

一人でニヤニヤした顔で完全に不審者みたいな行動してたよw

合格が決まったのが、去年の12月14日

そこから約3か月間、絶賛ニート生活を送ってますw

最後にシャーペン握ったのいつだっけ?w

それぐらいを勉強してませんw

センター試験も受けたけど、5割ぐらいしか取れなかったwww

東京海洋大学は7割強も取らないと厳しいのにw

あれだね、今の脳で受験したらFランしか受からない気がするwww

って感じでした




上すか君もGENEちゃんも大学に進学するかどうかは知らないが、

今、成績を取っておくと後が楽っていうのは伝えとく

事実、合否を無視すれば、一般入試より推薦入試の方が楽だし、

余裕があるので精神的に和らげられると思う

まぁ俺も含め、大学に入って苦労すると思うがなw

個人的には大学に進学した方が道が広がると思う

結局のところ、自分が決めることだから

他人の意見ってのは参考程度にしかならないけどな

けど、その意見に重要なキーワードが潜んでいるのかも

俺も担任に東京海洋大学ってのを教えてくれなかったら、

受けることも行くことも無かったわけだし

今年一年間、じっくり将来を見据え有意義な時間を

きっと、まだ見ぬ道が潜んでいるから、暴いて行くように
Comment
No title
頑張った者にふさわしい結果が出て良かったねw
胸を張って大学に行けるねw
俺なんか適当に決めたから
不安で仕方ないw
No title
ここだけの話、本気で受験勉強したのが10、11月だけなんだよねwww

一般組からは冷ややかな目で見られるわーw
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